« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »

2008年9月

畑のパルテノン

Matsuida1  富岡製糸場見学ついでに少し足を延ばし旧松井田町役場も見学してきた。建築関係者なら知る人ぞ知る白井晟一の設計になる庁舎でロケーションと丸い列柱のベランダを持つその姿から「畑のパルテノン」と呼ばれることもある。1955年の竣工であり庁舎としての機能は近くの松井田支所(松井田町は平成18年に安中市と合併)に移り現在は歴史資料館として使われていた。軽井沢などに行く折、近くにあるはずと気になっていた建物ではあるが場所がよく分からず今まで立ち寄ることはなかった。>インターネット検索は便利(^_^)v

 道路から見上げたシンメトリカルな屋根とベランダの旧役場は50年以上の歳月を経たとはいえ凛としたたたずまいで当時の「畑のパルテノン」という評もうなずけるものがある。50年前という時代を考えると畑の中に立つ小さなパルテノンがこの土地に与えたインパクトは大きかったに違いない。正面はほぼそのままの姿ではあるが脇や裏側には下屋や増築棟が設けられせっかくの姿を損なってしまっており残念。増築するのであっても同じ設計者が携わればこのような結果にはならないと思うのだが。何はともあれこの庁舎が取り壊されずその姿をとどめているのは設計者の端くれとしてうれしい。開館中の看板はでているのだがカーテンがしまっており照明も全く消されているのでどうやら土曜は閉館の様である。残念ながら内部を見る事は出来なかった。今度はついでではなく開館日時を確認してから来ることにしよう。

Matsuida3Matsuida4_2

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

富岡製糸場へ

Tomioka1  群馬県富岡市にある富岡製糸場へ行ってきた。国策による明治初期の近代的生糸工場としても有名だが平成19年に世界遺産の暫定リストに記載されたことも重なり一般の人々にも結構知られているようである。私の住む野木からは国道125線経由で国道17号線を高崎方面に向かい、高崎市内の自衛隊前で左折し藤岡方面へ。254号線に入れば後は一本道なのでは藤岡市、吉井町経由で一路富岡へ向かった。約2時間で富岡市内へ入った。世界遺産登録に向けての布石なのかメインストリートは比較的道巾も広く電線の地中化ですっきりとした景観の街並みである。製糸場内には駐車場がないので少し離れた駐車場に車を止めそこから徒歩で製糸場へ向かう。土曜日のせいか見学者もかなり多く暫定とは言え世界遺産リスト登録の成果が表れているようである。ここで生まれたと言うガイドK氏の解説で見学が始まった。K氏の御両親、御祖父さんがこの製糸場で働いていたそうで子供の時のエピソードや歌など交えて1.5時間ほど場内を案内していただいた。

 フランス人技師の設計になる施設群は建築的にも大変美しくその保存状態もかなり良い。パンフレットによると建設の指導者はポール・ブリューナ、設計(パンフは製図工とあるが)はオーギュスト・バスチャンだそうである。建物群は140mの長さを持つ生糸を紡ぐ繰糸場の東西にこれまた104mという長さの繭倉庫がメインとなり附属の建物としてブリューナ館(ブリューナの住居として使用された)や女工館(女工に糸繰りの技術を教える為のフランス人女性教師の住居)他がある。繰糸場と繭倉庫の一部は内部も見学できるがそれ以外は外観のみの見学であり少し残念な思いがした。

 構造的には木材の骨組みによる木骨レンガ造となっている。30cm角の柱、それを挟むように挟み梁で構成される木造フレームと木造トラスの屋根架構、耐震壁と思われるレンガ壁で構成され内外部に木造構造フレームがあらわされた真壁造の建物である。真壁造と言うと和風建築を想像してしまうがこれは洋風の真壁造となっており美しく均整のとれた外観とともに大変興味深い構造であった。

Tomioka2 Tomioka3   上は正面の東繭倉庫入口

   左は東繭倉庫の内部(売店やビデオ等の施設が入っている)

   右は繰糸場の内部(屋根トラスが美しい)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

足尾銅山へ

Ashio0_2 Ashio1 Ashio2  昨日、3連休の中日と言う事で久しぶりにドライブに出かけた。国道50号線から桐生、大間々(現在はみどり市になったようだが)を経て国道122号線に入る。紅葉にはまだ早いが渡良瀬渓谷沿いのこの道は緑や紅葉を楽しむには絶好のルートだ。途中の東村(こちらも現在はみどり市になったようだ)にある富弘美術館までは2度ほど来た事があるのだがそれから先今回の目的地、足尾銅山方面にはまだ行った事がなかった。銅山自体は1973年に閉山となっており現在は観光や学習のための施設として展示や資料館が用意されている。左手に見える赤いアーチ橋を渡ってすぐ近くのところに足尾銅山の見学スポットである通洞口がある。大人1名800円の入坑券を買ってトロッコで坑内へ向かう。駅から通洞口まで(ここまでは外だから明るい)はゆっくりとした動きだが通洞口から暗い坑内へはスピードが上がりディズニーランドのアトラクション的な雰囲気。わずかな照明しかない真っ暗な穴の中が終点である。「えっ、こんな所で降りるの」と言う声が聞こえる。

  暗く狭く水の滴る坑内(9月中頃と言うのに寒かった)は当時の採掘の模様が江戸、明治・大正、昭和の順で再現されている。再現を見るとお昼のお弁当も坑内の休憩所で食べていたようである。ここで働いていた人たちの苦労がしのばれる。ちなみに坑道の総延長は東京から博多まで及ぶそうである。坑道見学コースの次が銅(あかがね)資料館につながっており、ここは坑内ではなく一般の歴史博物館のように展示パネルや模型など当時の模様が整理陳列されている。キャラクター「源さん」説明の歴史シアターはわかり易くて参考になった。ここを出ると明るい外部、トロッコで入った通洞口の傍に出る。別棟になっている鋳銭座という建物では江戸時代のお金(寛永通宝)の鋳造過程を働いていた人のフィギュアなどでうまく再現しておりわかり易く展示してあった。1時間くらいで見学を終え午後の1時近く。帰るには少し早いので少し足を延ばして日光、中禅寺湖方面まで行くことにした。(足尾も日光市内であるが)第一いろは坂まではスムーズに行けたが中禅寺湖畔手前ではさすがに渋滞していた。好天に恵まれた連休中日、湖にはボートがたくさん浮かんでおり行楽に来ている方で大賑わい。考える事はみな同じか。ここは通り過ぎるだけで日光へ来たときのいつものコース、戦場ヶ原を通り湯の湖まで足を延ばし林間のドライブを楽しむ。帰りは行きと同様中禅寺湖畔で渋滞、日光市内でもかなりの渋滞と連休を感じながらの帰途についた。

*銅のさび「緑青」は毒であると思っていたが今回の展示によるとそれは間違いとの事、目からうろこの思いであった。学校でそのように教えられ私自身そう思っていた。この事実は1984年にはNHKを始め新聞各紙でもニュースとして取り上げられていたそうな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

真壁耐力壁の復元力特性試験

0909 先日、栃木県宇都宮市内にある栃木県林業センターで真壁耐力壁の復元力特性試験に立ち会った。
試験体はU建築工房の丸山さんが用意したもので木造の構造体フレームの中に真壁のパネルとして落とし込む方式のものである。外壁側は本実加工をした杉の荒板(塗下地を想定)で室内側は12mmの石膏ボード貼のパネルである。このパネルを四周にしゃくりを施した構造体フレームの中に落とし込むもので柔らかい壁とする為にあえてパネルは構造体フレームとは緊結せず若干の遊びを持たせた状態で落とし込んである。一方構造体フレームは杉材で構成しており柱と梁、及び土台はプレカットでは標準となっている短ほぞ差しである。通常だと柱、梁及び土台は基準法の仕様規定により補強金物で緊結されるが今回の実験では仕様規定の補強金物は使わずあえて短ほぞ差しに木製の込栓打ちとしている。これは限界耐力設計において曲げ変形の生じないせん断変形卓越型の変形範囲内を想定しての事である。
 さてその結果についてであるが層間変位で1/200から始まり1/30程度のあいだにおいてはほぼ予想されたような復元力特性を示した。さらに加力して変位を大きくしていくと1/20近くで込栓に引っ張られた梁の下端が破壊してしまった。短ほぞの場合は通常60mm程度の長さであるから込栓はその中央で30mmの位置となり込栓の径を差し引くと梁の下端から20mm強程度しかないので耐力壁が破壊する前に梁が割裂してしまう結果となった。耐力壁の方はほぼ予想通りの結果であったがそれを受ける構造体フレームの接合方法は課題として残った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自作アンテナで地デジに挑戦

Tidezi2  長いこと使っていた我が家のトリニトロン管のTVが壊れたことは前回書いたが、最近のTVはアナログはもちろんのことBS、CS、地デジにも当然のごとく対応している。結果的にTVは新しくなったのだが地デジへの対応は当分考えていなかったのでアンテナは従来のままでアナログとBSのみ。確かにハイビジョンはきれいだしゴーストで二重三重のアナログの番組(4チャンネルが特にひどい)を見ていると地デジならもっときれいなのだろうなとついつい考えてしまう。
インターネットで調べると自作アンテナでも地デジが見られたとの書き込みもちらほらと目に付く。工作少年(もう壮年か)の血が騒ぎ見よう見まねで製作してしまった。アルミと銅の丸棒を所定の長さに切って並べるだけも簡単なもの(一応、八木アンテナ)である。
さてその結果は。
残念ながら地デジは見られなかった。今まで見られなかったUHF帯の放送大学が少しざらついた画像ではあるが見られるようになっているのである程度は機能しているようだ。とりあえずの5m同軸ケーブルの関係であまり遠くまで持ち出せないのだが外部のデッキに出してみた所では受信状況は変わらない、屋根上などまで持っていくとかブースターを付ければ改善される可能性はあるかも知れない。栃木県の南端ではあるが電波状況はあまり良くないのだろう。今回はそこまでやる気も無いのでひとまずここまで。アナログ放送終了時点でアンテナ交換とするかな。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »